硫化水素濃度の基準値と正しい測定方法・中毒防止方法を解説

硫化水素は、排水処理設備がある工場や硫酸などを扱う場所、地下のあるビルなどで発生しやすい気体です。硫化水素は人体にさまざまな影響を及ぼす危険な基準値があり、硫化水素濃度によっては重篤な症状を引き起こします。事業者は硫化水素の危険性をよく理解し、硫化水素中毒を未然に防ぐための措置を行うことが重要です。

当記事では、硫化水素とはどのような物質なのか、危険性と基準について詳しく説明します。硫化水素中毒による労災防止・対策方法が知りたい方は、ぜひ参考にしてください。

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1.硫化水素の危険性と基準

硫化水素は工場などの施設で発生する可能性があり、人体にとって有毒な物質です。死亡事故などを起こす重大な労働災害の原因になるため、「酸素欠乏症等防止規則」などの法律で以下のように基準濃度が定められています。

第五条 事業者は、酸素欠乏危険作業に労働者を従事させる場合は、当該作業を行う場所の空気中の酸素の濃度を十八パーセント以上(第二種酸素欠乏危険作業に係る場所にあつては、空気中の酸素の濃度を十八パーセント以上、かつ、硫化水素の濃度を百万分の十以下。次項において同じ。)に保つように換気しなければならない。ただし、爆発、酸化等を防止するため換気することができない場合又は作業の性質上換気することが著しく困難な場合は、この限りでない。

引用:e-gov法令検索「酸素欠乏症等防止規則」/引用日2023/10/11

以下では、硫化水素が原因で起こる硫化水素中毒や酸素欠乏症と、それぞれの症状が出やすい作業現場について解説します。

1-1.硫化水素中毒とは

硫化水素中毒とは、一定濃度以上の硫化水素が人体に触れることで発生する中毒症状のことです。

酸素欠乏症等防止規則では、硫化水素中毒を下記の通りに定義しています。

硫化水素中毒 硫化水素の濃度が百万分の十を超える空気を吸入することにより生ずる症状が認められる状態をいう。

引用:e-gov法令検索「酸素欠乏症等防止規則」/引用日2023/10/11

「硫化水素の濃度が百万分の十を超える空気」とは、硫化水素濃度が10ppm(0.001%)以上である状態を指します。硫化水素中毒になる濃度の基準値は「10ppm」です。

硫化水素濃度が10ppmを超えると人体にさまざまな影響が現れます。硫化水素濃度ごとの主な人体への作用・症状は下記の通りです。

硫化水素濃度 主な作用・症状
5ppm程度 腐敗した卵に似た不快臭
10ppm 目の粘膜に刺激を感じる下限の濃度
20ppm 気管支炎や肺炎・肺水腫の発症
350ppm 生命の危機がある濃度
700ppm 呼吸麻痺や呼吸停止、昏倒、死亡

硫化水素は水溶性があるため、目や鼻の粘膜から作用し始めます。10ppmを超える濃度の硫化水素を吸入すると、硫化水素中毒によって気管や肺に症状が現れ、最悪の場合は死に至ります。

1-2.酸素欠乏症とは

酸素欠乏症とは、酸素濃度が低い空気を吸い込むことで発生するさまざまな症状のことです。

酸素欠乏症等防止規則では、酸素欠乏症を下記の通りに定義しています。

酸素欠乏症 酸素欠乏の空気を吸入することにより生ずる症状が認められる状態をいう。

引用:e-gov法令検索「酸素欠乏症等防止規則」/引用日2023/10/11

一般的な空気の組成は窒素が約78%、酸素が約21%です。人間の呼吸には酸素濃度が約21%の空気が使われているため、酸素濃度が低い空気で呼吸をすると酸欠状態となり、酸素欠乏症となります。

酸素欠乏症になる酸素濃度の基準値は「18%」です。酸素濃度が18%を下回ると、酸素欠乏症によるさまざまな症状が人体に現れます。

酸素濃度ごとの主な作用・症状は下記の通りです。

酸素濃度 主な症状
21~18% 生命を維持できる
18~16% 安全下限界により連続換気や呼吸用保護具の準備が必要
16~12% 呼吸と脈拍の増加、頭痛、吐き気、集中力低下、単純計算の間違いなど
12~8% めまい、筋力低下、判断力の低下、嘔吐など、はしごや階段からの墜落の可能性、瀕死の危険性など
8~6% 失神昏倒、幻覚、意識喪失、全身痙攣、7~8分以内に死亡など
6%以下 呼吸停止、身体麻痺、心臓停止、6分で死亡など

出典:厚生労働省「酸素欠乏・一酸化炭素中毒の防止」

また、酸素欠乏症は脳にダメージを与えるため、回復後も後遺症が残る可能性があります。

酸素欠乏症の危険性については下記のページを参考にしてください。

酸素欠乏症の危険性|原因と対策方法も解説

1-3.硫化水素中毒や酸素欠乏症が発生する現場や業種

事業者の業種によって、硫化水素中毒や酸素欠乏症の発生しやすさは異なります。

厚生労働省が公表したデータによると、業種別での硫化水素中毒・酸素欠乏症の発生件数は下記の通りです。

【2003~2022年に起きた硫化水素中毒・酸素欠乏症の件数】

硫化水素中毒 酸素欠乏症 合計
製造業 22 56 78
建設業 15 15 41
運輸交通業 1 5 6
貨物取扱業 0 4 4
農林水産業 5 3 8
商業・金融業 1 3 4
接客娯楽業 2 4 6
清掃業 15 12 27
その他の事業 7 7 14
68 120 188

出典:厚生労働省「酸素欠乏症・硫化水素中毒による労働災害発生状況」

製造業・建設業・清掃業の3業種において、他の業種よりも発生件数が多いことが分かります。

3業種は業務にガスを使用したり、古いタンクや施設を扱ったりする「酸素欠乏危険作業」を伴う可能性がある業種です。酸素欠乏危険作業は硫化水素の発生や酸素濃度の低下が起こりやすく、硫化水素中毒や酸素欠乏症の危険性がある現場と言えます。

2.硫化水素中毒による労災防止・対策方法

酸素欠乏危険作業を行う現場での硫化水素中毒や酸素欠乏症の発生は、適切な取り組みによって防ぐことが可能です。

厚生労働省は、硫化水素中毒の防止措置として、以下に挙げる7つの対策方法を示しています。

2-1.酸素欠乏・硫化水素危険作業主任者を選任する

事業者が従業員に酸素欠乏危険作業を行わせる場合、特定の講習を修了した従業員の中から、酸素欠乏・硫化水素危険作業主任者を選任することが義務付けられています。

第十一条 事業者は、酸素欠乏危険作業については、第一種酸素欠乏危険作業にあつては酸素欠乏危険作業主任者技能講習又は酸素欠乏・硫化水素危険作業主任者技能講習を修了した者のうちから、第二種酸素欠乏危険作業にあつては酸素欠乏・硫化水素危険作業主任者技能講習を修了した者のうちから、酸素欠乏危険作業主任者を選任しなければならない。

引用:e-gov法令検索「酸素欠乏症等防止規則」/引用日2023/10/11

酸素欠乏・硫化水素危険作業主任者とは、酸素欠乏危険作業を行う現場で下記の役割を担う責任者のことです。

  • 硫化水素濃度が高い空気などを吸入しないよう、従業員に適切な指示を出す
  • 現場の硫化水素濃度と酸素濃度を測定する
  • 測定器具や換気装置などの設備を点検する
  • 保護具の使用状況を監督する など

酸素欠乏・硫化水素危険作業主任者が現場を監督することで、酸素欠乏危険作業に従事する従業員の安全を守っています。

2-2.事前に硫化水素濃度を測定する

硫化水素中毒を防ぐには、事前に硫化水素濃度を測定することが重要です。

硫化水素濃度の測定には「硫化水素検定器(硫化水素計)」と呼ばれる測定機器を使用します。作業開始よりも前に適切な5か所以上の位置で測定し、測定値にもとづいて硫化水素濃度の分布状況を把握しなければなりません。

一 測定点は、当該作業場における空気中の酸素及び硫化水素の濃度の分布の状況を知るために適当な位置に、五以上とすること。

引用:厚生労働省「・作業環境測定基準(◆昭和51年04月22日労働省告示第46号)」/引用日2023/10/11

合わせて、酸素濃度計を使用して酸素濃度測定も行います。

硫化水素濃度・酸素濃度の測定は酸素欠乏・硫化水素危険作業主任者が行い、酸素濃度が18%以上で、かつ硫化水素濃度が10ppm以下であるかを確認します。

2-3.危険な場所の立ち入り禁止を表示する

硫化水素濃度・酸素濃度の測定を行った結果、問題がある場所は「酸素欠乏危険場所」として立ち入り禁止表示をします。

従業員や関係者以外が誤って立ち入ることがないように、見やすい場所に立ち入り禁止表示をすることが大切です。例として、硫化水素が滞留しているタンクの場合であれば、タンクの開口部付近をバリケードで囲み、「酸素欠乏危険場所のため立ち入り禁止」などの表示をします。

2-4.酸素欠乏・硫化水素危険作業特別教育を受講させる

酸素欠乏危険作業を行う従業員に対して、事業者は酸素欠乏・硫化水素危険作業特別教育を受講させることが義務付けられています。

第十二条 事業者は、第一種酸素欠乏危険作業に係る業務に労働者を就かせるときは、当該労働者に対し、次の科目について特別の教育を行わなければならない。

  • 一 酸素欠乏の発生の原因
  • 二 酸素欠乏症の症状
  • 三 空気呼吸器等の使用の方法
  • 四 事故の場合の退避及び救急そ生の方法
  • 五 前各号に掲げるもののほか、酸素欠乏症の防止に関し必要な事項

引用:e-gov法令検索「酸素欠乏症等防止規則」/引用日2023/10/11

酸素欠乏・硫化水素危険作業特別教育とは、硫化水素中毒や酸素欠乏症の予防や退避にかかわる知識を修得できる講習です。カリキュラムは5つの科目で構成されていて、実技講習・修了試験はなく、学科講習のみとなっています。講習時間は合計で約5.5時間です。

なお、酸素欠乏・硫化水素危険作業特別教育には1種と2種があります。硫化水素中毒の危険性がある現場では2種の受講が必要です。

2-5.適切な保護具を用意する

酸素欠乏危険場所で作業しなければならない場合、従業員は保護具を着用します。従業員が安全に作業できるよう、適切な保護具を用意しましょう。

硫化水素中毒の防止対策として使用する保護具は、大きく分けて下記の4種類です。

呼吸用保護具
  • 送気マスク
  • 空気呼吸器
  • 酸素呼吸器
  • 硫化水素ガス用吸収缶を付けた防毒マスク
手の保護具
  • 保護手袋
眼の保護具
  • 保護眼鏡
皮膚および身体の保護具
  • 適切な顔面用の保護具
  • 必要に応じて保護衣、保護面

出典:職場のあんぜんサイト「化学物質:硫化水素」

保護具の数は、現場で同時に作業する従業員の人数に合わせて用意する必要があります。

2-6.換気を実施する

事業者が従業員に酸素欠乏危険作業を行わせる場合は、現場の換気が義務付けられています。換気によって硫化水素濃度を10ppm以下、酸素濃度を18%以上に保たなければなりません。

第五条 事業者は、酸素欠乏危険作業に労働者を従事させる場合は、当該作業を行う場所の空気中の酸素の濃度を十八パーセント以上(第二種酸素欠乏危険作業に係る場所にあつては、空気中の酸素の濃度を十八パーセント以上、かつ、硫化水素の濃度を百万分の十以下。次項において同じ。)に保つように換気しなければならない。ただし、爆発、酸化等を防止するため換気することができない場合又は作業の性質上換気することが著しく困難な場合は、この限りでない。

引用:e-gov法令検索「酸素欠乏症等防止規則」/引用日2023/10/11

建物の換気システムは下記の3種類があります。

第1種換気 空気の入側と出側に換気装置を設置
第2種換気 空気の入側のみに換気装置を設置
第3種換気 空気の出側のみに換気装置を設置

硫化水素対策の換気には第2種換気が適切です。第2種換気は室内が正圧となり、壁や屋根部分の隙間から室外の空気が入らないため、外部からの硫化水素の流入を防げます。

2-7.二次災害の防止

硫化水素中毒が発生した場合に注意すべき点が、救助に当たった従業員も硫化水素中毒になる「二次災害」です。

二次災害を防止するには、救助に当たる従業員が空気呼吸器などの保護具を装着し、硫化水素中毒・酸素欠乏症の危険が及ばないように対策しなければなりません。

第十六条 事業者は、酸素欠乏症等にかかつた作業に従事する者を酸素欠乏等の場所において救出する作業に労働者を従事させるときは、当該救出作業に従事する労働者に空気呼吸器等を使用させなければならない。
2 労働者は、前項の場合において、空気呼吸器等の使用を命じられたときは、これを使用しなければならない。
3 事業者は、第一項の救出作業を、酸素欠乏等の場所において作業に従事する者(労働者を除く。)が行うときは、当該者に対し、空気呼吸器等を使用する必要がある旨を周知させなければならない。

引用:e-gov法令検索「酸素欠乏症等防止規則」/引用日2023/10/11

実際に過去の硫化水素中毒による事故では、救助をしようとした作業者が硫化水素中毒になって死亡する二次災害が発生しました。

出典:安全衛生情報センター「平成14.3.15 基安労発第0315001号 別添1」

酸素欠乏危険場所で作業する従業員は、硫化水素中毒による二次災害の危険性を理解し、万が一の事態にも適切な行動を取る必要があります。

まとめ

硫化水素濃度は10ppmを超えると目の粘膜に刺激を感じたり、気管支炎や肺炎・肺水腫の発症が現れたりするなど、さまざまな作用・症状が生じます。350ppmは生命の危機がある濃度であり、濃度が700ppm以上になると最悪の場合死に至ります。事業者は、硫化水素中毒や酸素欠乏症の危険性をよく理解した上で、適切な労災防止・対策方法を取りましょう。

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